くまもとの「あそ」という山の
さらに奥にある黒川に、今でも伝わる、
むかし、むかしのおはなしです。
黒川の山深く、不思議なお湯が
湧き出るところがありました。
切り傷や、まけものによく効くので
村人は「くすり湯」と名づけ、
大切に守ってきました。
あるとき、ひとりの男が
『くすり湯が、山の奥ではなく、
里山にあればみんなが喜ぶ』と
言い出し、土を掘り始めました。
しかし、なかなかお湯は湧き出ません。
「今日出なかったらあきらめよう」
男がそう考えた朝、
掘った穴から、『くすり湯』が
こんこんと湧いてくるではありませんか。
「よし、ここにたくさんの人が来れる
すてきな宿を作ろう、
みんなに『くすり湯』に入ってもらおう」
そして男はこの『くすり湯』を
『薬師の湯』と名づけました。
これが、“山河”のはじまりです。
“山河”が生まれて、しばらくたちました。
しかし、町の人はなかなかやってきません。
「町の人が過ごしやすいよう都会風にしたら?」
…村の人のそんな助言には耳も貸さず、
男は黙々と木を植え始めました。
川から水を引き、宿の間に
小さな沢をつくり始めました。
男には確信があったからです。
“山河”のいちばんの魅力は、
「ありのままの自然」だということ。
春夏秋冬で姿を変える木々。
木々に集う鳥たちのさえずり、
木の葉のつくるやさしい日かげ。
その間を通る、川のせせらぎ。
そういった、ありのままの自然が、
“山河”の何よりの財産ということ。
その信念を胸に、誰が何を言おうと、
実直に、木を植え、石を運び、
沢の流れをつくりました。
そうして、自然と調和した風景が出来上がり、
この風景に心打たれた多くの人が
“山河”を訪れるようになりました。